「長 寿 の 秘 訣」
福岡市城南区  原田 信子
私には九十五歳になるボーイフレンドがいる。二、三日前の夜、突然の電話だった。FAX云々と言う、それを買う話かと聞いていたら、メールとはインターネットとはと使い慣れないカタカナ語を並べる。ワープロとパソコンの区別も知らないものの話なので一体どうしたのだろうか訳が分からない。
「そういうものは知らないでいいの」
耳が遠いのでいきおい私の声も大きくなる。大声で繰り返すので叱っているかのように聞こえるそうだ。
FAXはあれば便利なもので、使い方も簡単だから買ってもいいけど、パソコンなんて年寄りのするものではないと繰り返し言っていると、(何処かに高齢者のパソコン講座がある)と言う。とんでもない、自分のことをいくつだと思っているのだろう。
「何言うのあんなもん、一年通ったって訳わからんよ、どうして今更そんなことを云うの」今迄この人の、齢の割に何にでも興味を持つのはいいことだと思っていたが、現にこの私がお手挙げのパソコンの世界に、今更何を云うのだろう。これはボケの始まりかも知れないと思ったとき、ぽつりと言った。
株の問い合わせを馴染みの営業マンにしたとき「インターネツトなら安くできる」と言われたと云う。
ハハーンと納得いくものがあった。だが証券会社もひどい。この年寄りになんと云うことを云うのだろう。「それはよく考えたほうがいい」と言って私は電話を切った。
彼とは二十年来、短歌講座のつきあいである。講座も変遷を経たが、二十人ほどの女ばかりの中に独り黒一点の象徴的存在である。
八年前奥さんを亡くして後は、そのマンションに娘夫婦と同居している。
いつか、独りになって何をしていると聞いたことがあった。
「家内がどうしても株をやらせなかったが、今は言う人もいないので娘には内緒で株を始めた」と話していた。
その後、株は値を下げたので、どうなったかを聞くことは控えていた。
この秋出た「市民文芸」に彼の「私の長寿法」が佳作で載った。投稿者の最高年齢と言う。
みんなが「おめでとう」を言う中で「長寿法をみんなに明かしていいの」と私が言うと、二、三番は言ってとも一番は言っていないと言う。
「なら一番は」と聞くと、耳元で「株」と小さく言った。
一時落ち込んでいた株が戻してきて、株の話がしたい様子が見える。

それにしても九十五歳の頭脳を、証券会杜の営業マンの一言でここまで思いつめさせる株とは、一体どんな魅力があるのだろうか。インターネットはその株より恐い、と今度ゆっくり話そうと思う。
                <花と蝶>
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