◇ 文芸川柳 「延びた命」久保隅哲彦 ◇
「時実新子の川柳大学 13年8月号」より
  『現代川柳の個性を読む 久保隅哲彦』
自選五十句「延びた命」久保隅哲彦 をご本人の承諾を得て 掲載させていただきました。
    生まれたて玉子をそばで待った父
    ふるさとの山を遠くに老いてゆく
    ひとり住む姉がいるから帰省する
    そのうちに会いたい人の訃が届く
    見逃さず叱ってくれる妻があり
    病院に集まってきた家族の和
    子が泣いてくれたいきさつ他人から
    階段の命を削る息づかい
    手を振って出るが戻らぬかも知れぬ
    病院の廊下ことさら上を向き
    人の死を待つ哲学はなくてよい
    痰つまる圧して引いての喉必死
    読める字で書けと筆談返される
    もう死ぬとしてのぞかれていたらしい
    ありがとう言えて寝たきりよしとする
    術後良しもう雨の日は妻も来ず
    病院の運を集めて生きのびる
    鼻カニューレ延びた命のつかいよう
    老人外来みな余分ではない命
    死にたいと大きな声で言うでない
    生きているだけと言わせぬ杖で立つ
    糾さねばならぬ時には前へ出る
    わたくしの中に地球のエネルギー
    いい顔をしている裏を見てた妻
    死ぬまでの時間私のものである
    自転車をゆっくり止めて終わりたし
    ひそかだが葬儀は春をねらいたい
    お呼びあるまでは話をしていよう
    諦めていた病身に新世紀
    喜んでもらえる電話すぐかける
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