◇ 福岡病院 健康フェア講演会 ◇(2005.10.2)
 「健やかに生き、安らかに死ぬために」
九州がんセンター名誉院長 大田 満夫先生
(日本尊厳死協会副理事長・九州支部長)
◇ 目 次 ◇
1.はじめに 2.日本人の死因の変遷
3.健康に過ごすために 4.健康なお年寄り
5.いかに死ぬか 6.西行法師
7.がんの生存率 8.がんの鎮痛剤
9.Informed Consent(インフォームド コンセント)
10.戦後日本における安楽死から尊厳死へ
11.治療行為の中止が許容されるための3要件
12.植物状態の患者の治療中止の3条件
13.尊厳を得る権利 ☆ 著書の紹介など
平成17年10月2日、国立病院機構福岡病院の「健康フェア」で講演された大田満夫先生の『健やかに生き、安らかに死ぬために』を、先生のご了解を得て掲載させていただきました。
司会の西間院長先生のご紹介によりますと、大田先生は九州大学医学部を昭和27年にご卒業、ご専門は胸部外科で、今年は喜寿をお迎えです。九州がんセンター院長ご在任時から、尊厳死協会の九州支部長をお務めです。ご講演は「いかに生き、いかに死ぬか」というテーマを考えるよい機会になりました。

 1.はじめに
 ご紹介いただきました大田です。
尊厳死の話だけで来たわけではないのですが、人間は100%死ぬんです。それなのに死はタブーと思われ、避けて通る、相談をしない、それはやっぱりおかしいわけです。医療は健康を取り戻すために非常に重要なものですけれども、それを超えて、もう医療でも助からないという状況が必ずやってきます。そういうときに、安らかに死ぬにはどうしたらいいか、そちらの方も考えないと、本当の人生をすべてうまくやるということにはならないと思います。
それゆえ、今日は「健やかに生き、安らかに死ぬために」というお話をしたいと思います。
先頭に戻る

 2.日本人の死因の変遷
下は「日本人の死因別にみた最近の死亡率の推移」です。昭和の初めにかけては、肺炎で死ぬことが一番多かった。その後は結核が多く、日本人の死因第1位。ところが、戦争が終わってストレプトマイシン、ヒドラジッドなどが出てきて、結核の死亡率は急激に減っていき、現在は年間2、3千人。それに反し脳卒中が非常に増えましたが、その後、降圧剤の良い薬が出てきて、第3位。がんはどんどん増えてきて、現在は日本人の1/3の方はがんで亡くなっています。2番目が心臓疾患。3番目が脳卒中、脳血管障害。4番目が肺炎、肺炎での死亡率の上昇はお年寄りの増加が原因です。5番目は不慮の事故です。
資料:厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」
先頭に戻る

 3.健康に過ごすために
アメリカにおいて健康に一番強く影響しているのは喫煙と発表されました。長生きするに一番いい方法は、まず禁煙、2番目に肥満を抑えて運動をして、適当な体重を維持すること。3番目にお酒は程々にということです。それから、やせていればいいかというとBMI:肥満指数(体重を身長の2乗で割る)が22の人が一番いいというのは若い人の場合であり、実は年をとってくるとそうでもないということが判ってまいりました。アメリカの保険会社の調査では、一番安全な領域というのは60歳を超えたら肥満指数が24〜28の人が、かえって長生きする。そういうことで、老年期に入って少し小太りになってきたからといって無理してやせる必要はないようです。
先頭に戻る

 4.健康なお年寄り
日本で誇るべきことは、1995年調査の平均自立期間が65歳の男性では平均15年、女性ではもっと長く18.3年、ちゃんと自立できているわけです。年寄りになると寝たきりが多いと思われていますが、それは老人が多くなっただけで、比率からいえば決して寝たきりの数は多くはありません。平均健康寿命というのは、元気でいられる期間ということですが、それも世界一です。政府は年金とか老人医療費が高くなるとか言いますけれども、決してそうじゃない。外国と比べて、日本の老人は年をとっても一番元気にしております。さらに、年寄りの労働意欲は世界一強いんです。65歳以上の日本人の男性は、一番世界でよく働いている。元気のいい老人がどんどん増えているんだから、政府としては、そういう老人パワーを日本の産業に十分反映させるシステムを作らなければいけない。それさえすれば、年寄りが増えると心配する必要はないと思っております。
先頭に戻る

5.いかに死ぬか
人間というのは120歳までが限界です。100歳まで生きれば非常に長寿といわれます。30年前は100歳以上の方は200人ぐらいでしたが、それが今は2万人を超しておられます。そういうふうに元気に年をとっている人が多くなってきましたけれども、いずれは必ず死ぬ。これほど確実な統計はありません。人間は100%亡くなります。しかし、それを恐れている必要はありません。
先頭に戻る

6.西行法師
800年位前に西行法師という方がおられました。平安時代から鎌倉初期の人ですね。その西行法師が、“願わくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ”という歌を詠んでいます。如月の望月というと2月の15日、旧暦ですから、3月春爛漫の桜の花の下で死にたい。こういうことを願い、この歌の通りに実践しました。死の4ヶ月ぐらい前に体の不調を感じて死を悟って、それまでは京都に住んでいましたが、河内の吉野山のふもとの弘川寺に移って、そこでだんだん食を少なくして、一日違いの2月の16日になくなりました。なんで2月15日に死にたいかというと、お釈迦様の亡くなった日に合わせて死ぬということは仏教徒にとって最大の喜びであり、それに合せて死ぬ。それで当時の藤原俊成や慈円僧正が歌集のなかに、西行法師はすばらしい死に方をしたと感嘆した歌を詠んでいる。しかも当時とすれば72歳で天寿ですね。
先頭に戻る

7.がんの生存率
がんセンターに入院した13万名ぐらいの患者さん(手術した人も出来なかった人も)で、女性の生存率は7割近いです。男性は約5割、がんであっても生存している。手術した人だともっとはるかに長い。女性より男性のほうが生存率が低いのは、治りにくい肺がん、肝臓がんが男性のほうが非常に多いというのが影響しております。いずれにしても「がん=死」というのは昔のことで、現在はがんにかかっても平均して6割の人が5年生存していて、「がん=死」というのはもう誤った古い考えです。どうぞご安心ください。
先頭に戻る

8.がんの鎮痛剤
軽い痛みのときには鎮痛薬を使い、ある程度強くなってくるとオキシコドン、コデイン、フェンタニールパッチ、より酷くなってくるとモルヒネを使う。フェンタニールパッチなど一度貼ったら3日間効き、痛みを感じずに済みます。オキシコドンの副作用はモルヒネと少し違いますから、副作用と痛みの強さにより使い分け、さらに鎮痛補助薬の非ステロイド性鎮痛消炎剤を一緒に使い、現在ではがんであっても95%は痛みを抑えることが出来ます。だから何にも心配することはないのです。
「モルヒネの投与経路、投与方法と血中濃度」
昔は、痛いと言ったら、先生が注射をして、血中濃度がヒュッとあがる。鎮痛有効域から上になると、痛みはなくなるが毒性発現し、副作用がおき、また血中濃度がすっと下がりまた痛くなる。これを繰り返していたから中毒も起こすし、痛いといわなければ医師も注射しない。きわめてまずい使い方でした。
注:グラフでは、左端の注射(間欠投与)にあたります。
今では、血中濃度を鎮痛有効域に維持するようにコントロールして、ずっと痛まなくて済むようになりました。
塩酸モルヒネを4時間毎に内服する…速放錠(経口定時投与)座薬を1日3回直腸内に入れる直腸内定時投与徐放錠のMSコンチン、オキシコンチン徐放錠(経口定時投与)や、フェンタニールパッチ(外用貼付)は徐々に吸収される。血中に点滴で静脈に注射、あるいは皮下に持続注入する(持続皮下静脈投与)
こうやって鎮痛有効域に血中濃度がある限りぜんぜん痛まなくて済みます。痛むから注射をする、痛むから薬を飲ませるというのは極めて稚拙なやり方で、そういうことしか出来ない先生は勉強しなおしていただかないといけない。もう、がんによる疼痛を心配する必要はない時代です。
先頭に戻る

9.Informed Consent インフォームド コンセント
インフォームド コンセントとは、患者の知る権利に応じて医療従事者は十分理解できるように説明すること。もう一つは、患者がそれを充分聞いて、いかに納得して同意するか、どの方法を選ぶか或いは拒否するか、意思を決定して、自ら権利を行使することです。真実を伝えていないと、患者さんの意志を尊重することができないわけで、本人の権利を無視していることになるので、がんを告知しないということは止めなければいけない時代に入っています。
先頭に戻る

10.戦後日本における安楽死から尊厳死へ
戦後日本には、いろんな問題の安楽死の事件が起こっていますが、非常に重要なのは1962年の山内事件。「積極的な安楽死は、6要件を満たしておれば罪を問わない」という初めての裁判での結果が出たわけです。世界で始めて安楽死を許すというもので、当時は「日本はすごい、安楽死について日本は最先端だ」と外国は思ったのですが、現実にはそうはいきませんでした。
その次に起こった事件は、1990年に東海大学で起こった事件で、判決が1995年に出ております。昔は自宅で家族等が見るに見かねて患者さんを死なせるケースでしたが、今はほとんどの患者さんが病院や施設で死を迎える時代ですから、この場合、医師が罪を問われています。そこで、医師に対する積極的安楽死も、4要件を満たしておれば罪を問わないとしています。
先頭に戻る

11.治療行為の中止が許容されるための3要件
しかしながら「尊厳死」の問題が起こってきて、治療を中止するという条件を付けなければいけないということで、東海大学の判決の松浦裁判長が「治療行為の中止が許容されるための3要件」で出したものは下の通りです。治療行為の中止の対象となる措置は、薬物投与、化学療法、人工透析、人工呼吸、輸血、ここまではだいたい考えられたけれども、さらに、栄養水分補給という生命維持のための治療措置も、これらの条件がそろえば止めてよろしい、ここまで松浦裁判長は言ったんです。画期的なことです。
「尊厳死」とは、不治で末期の患者が、患者本人の意思に従い、生命維持装置による延命治療をせず、痛みの除去など十分な緩和ケアを受け、人間としての尊厳を保ちつつ、安らかに自然死をとげることであります。
先頭に戻る

12.植物状態の患者の治療中止の3条件
 左のような状態が3ヶ月以上続いている状態を植物状態といいます。脳死は脳幹をやられますから必ず死にますが、植物状態は呼吸と循環が保たれていますから、ちゃんと手当てをしていれば、5年でも10年でも生きる人が居られます。でも、家族は疲労困憊してしまいます。
植物状態の患者が日本に3万人いらっしゃるということで学術会議はこれを放っておくことはできないと考えて「死と医療特別委員会」を作り、1994年に、治療を中止してもよい条件を表明しました。
患者が回復不可能な状態に陥っている。
これは専門的な知識を有する医師を含む複数の医師による一致した判断が必要です。
意思能力を有しているときに、患者が尊厳死希望の意思を表明している。
これが非常に大事です。どこかにメモに書いて、家族と一緒に「植物状態になったら、私は死なせてほしい」と話していた、そういうような証拠がないといけない。患者の意思を確認し得ない場合には、近親者や後見人など信頼できるものの証言でもよろしい。患者の意思が不明の場合は、延命医療の中止はできない。頭のしっかりしているときにはっきり意思表示をする、家族と相談している、ちゃんとメモに書いておく、あるいは尊厳死協会に入っておく、こういう条件があれば、植物状態になっても延々と治療しなくてもよい、と言ったわけです。 
3.延命治療の中止は担当者が行う。
医師と近親者との間で十分話し合い、近親者の納得の上で中止することが望ましい。
先頭に戻る

13.尊厳を得る権利
第47回世界医師会の「患者の権利に関するリスボン宣言」でうたっている「尊厳を得る権利」というのは、人間には皆あるわけです。
リスボン宣言10. 「尊厳を得る権利」
a「患者は、その文化と価値観を尊重されるように、その尊厳とプライバシーを守る権利は医療と医学教育の場において、常に尊重されるものとする」
b「患者は、最新の医学知識に基づき、苦痛の緩和を受ける権利を有する」。うまくやれば9割以上の痛みをとめることができます。勉強しない先生、痛みを止めることができない先生は、主治医として怠慢です。
c「患者は、人間的なターミナルケアを受け、できる限り尊厳を保ち、安らかに死ぬため、可能なあらゆる援助をあたえられる権利を有する」
これは世界医師会がはっきり宣言しております。どうか皆さん、大手を振って要求をしてください。
日本医師会生命倫理懇談会(1994年3月)も、
「本人が、末期医療において回復の見込みが失われたと考えられる時に、治療を打ち切って自然に死を迎えたいということを文書にしておけば、医師はそれに従っても民事上・刑事上の責任を負わないものとするものである」
と表明しています。
日本学術会議・死と医療特別委員会(1994年3月)も
「尊厳死は単に延命中止だけでなく、人間の尊厳を保つ意思と自己決定権を尊重して、残りの人生を豊かに過ごさせようということである。医療の原点は患者の利益の保護にある」
とうたっています。
(拍手)
先頭に戻る

【大田先生の著書と、尊厳死協会のご紹介】
大田満夫先生は『高齢者の医学と尊厳死』という本をNPO法人PDNから出版していらっしゃいます。
健やかに老い、満たされた安らかさのなかで死を迎えたい
医学的に、その願いを成就させてくれる 高齢の方々への助言の書です。発行・販売:PEGドクターズネットワーク TEL:03-5733-4361、定価2100円(消費税込・送料無料)
日本尊厳死協会 九州支部
〒810-0001 福岡市中央区天神3-10-25 森連ビル804   TEL/FAX:092-724-6008
【御礼】
大田先生には「ホットの会」の会報誌及びHPへの掲載と、スライド資料の提供にご快諾いただきました。また、校正もご無理をお願いして多大なるご協力をいただき、まことに有難うございました。編集部一同、深謝いたします。
「ホットの会」のTOPページへHOME 先頭に戻る 「医療講演集」目次へ