◇ 呼吸不全教室 ◇   2006.1.13
「受診の時期、悪化のサイン、心の健康」
国立病院機構呼吸器科部長 野上裕子先生
◇ 目 次 ◇
1.呼吸不全とは?
2.酸素と二酸化炭素の流れについて
3.呼吸不全を生じる疾患について
4.慢性呼吸不全の急性増悪について
5.悪化時の症状、サイン
6.体調を保つために

1.呼吸不全とは?
【呼吸とは】
呼吸とは酸素を取り込んで二酸化炭素を出すということです。何故呼吸をするのかと申しますと、生きているものは動かなくてはいけません。動いたり、いろんな生命活動をする為にエネルギーがいるわけです。
そのエネルギーをどうやって得るかと言うと、酸素を取り込んでそれをエネルギー源にして、そのあとに二酸化炭素というのが体の中に出来ますのでそれを体外に出して、それを繰り返す事で生きてゆくことが出来るということです。
鼻から、口、気管、肺(気管支、肺胞)までを呼吸器と呼び、この呼吸器を使って呼吸をしています。肺に取り込まれた酸素は、肺の中を流れている血液に取り込まれ心臓の動きで全身に送られます。酸素は最終的には体のいろんな筋肉や臓器まで送られエネルギー源として使われます。
≪呼吸のしくみ≫
私たちが生きていくためには、大変重要なしくみです。
鼻や口から空気を吸い込む
空気中の酸素を血液中に取り込む
体内の細胞へ巡り、エネルギー源になる
細胞で生産された二酸化炭素が血液に乗って肺へ戻る
鼻や口から吐き出す
 動かなくても、じっとしていても人間はエネルギーを使っています。頭で考えたり、心臓が動いたりしています、そのためには、呼吸をしなければなりません。空気を取り込むのに大切な臓器が肺なのです。    
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【肺と心臓の関係】
肺だけで呼吸が出来るかということですけど、肺は酸素を取り込むことは出来ますが、それを全身に送らなければなりません。その作業に大事になってくるのが心臓です。
呼吸により取り込まれた酸素は肺胞で血液に取り込まれ心臓に運ばれて行きます。心臓はそのきれいな血液を全身に送ってゆきます。全ての臓器に送られた血液はエネルギーとして使用され、そこで作られた二酸化炭素をたっぷり含んだ古い血液が心臓の方に又戻ってきてそれを肺におくって、肺で又きれいにされて全身に送られる。こういうことを私達の体はやっているのです。
健康な人は普段は意識せずに呼吸をしています。皆さんの症状は呼吸が苦しくなる、特に動いたらハアハア言うという事は呼吸が上手くできていない。息が苦しいと自覚すること自体が病気のサインの一つだといえます。
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【肺性心・右心不全】
肺だけじゃなく心臓が大きな役割を果たしているという一つの例です。
心臓は左と右とあり、さらにそれが上と下に別れていて四つの部屋から出来ています。全身からの血液は右の方の心臓に戻ってきて、それが肺の方に送られて、きれいになって戻ってきます。きれいになった血液は左の方に入り左の方から全身に送り出されるという作用をしています。
しかし、肺の働きが上手く行かなくなると(酸素が不足すると) 
      
肺の血管が次第に狭くなり、硬くなる(肺高血圧症)
      
心臓は、肺に血液を送り込もうとしてフル回転
      
心臓の右側が弱ってしまう
右の方の心臓がはれたものを、いわゆる肺から来た心臓の病気であると言う事から「肺性心」といいます。
足の浮腫(はれる、むくみがでる)や、体重が増加したり、あるいは首の静脈が怒張(普通は見えない頚静脈が腫れて見えてくる)したり、息が苦しくなったりする状態を右の心臓が原因ということで「右心不全」といいます。
肺と心臓は隣り合わせにあり、非常に密接に関係しあっています。
逆に心臓が悪くなって肺の方も悪くなるというパターンもあります。
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【酸素と二酸化炭素のバランス】

上の図は呼吸の流れを歯車で表したものです。酸素が臓器にとりこまれ代謝によって二酸化炭素が排出されるのが分かります。健康な人が安静時に、どれくらい酸素を必要とするのかというと、一分間に250ml(コップ1杯よりチョット多いくらい)になります。その酸素を全部使ってしまうと二酸化炭素が、同じ一分間に200ml出来て、体外に排出されます。
このバランスが取れているということは、呼吸の歯車が上手くかみ合わさって廻っていること、即ち呼吸が上手くいっているという事なんです。
この歯車のうちひとつでも悪い所があれば、酸素が少なくなったり、逆に二酸化炭素が溜まってきたりします。
肺が悪くなったり、血液の流れが悪くなったりすると、バランスが崩れて呼吸不全の症状が起こってきます。
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【酸素の滝】
酸素は空気中に21%くらい含まれています。
私達は一気圧のところで生活しています。一気圧というと水銀柱で言いますと760oHgいう圧なのです。それの21%ですから、掛け算すると大体150oHgから160oHgくらいの圧で酸素は空気中にあります。それを肺の中に取り込みますと、肺胞の所では圧が大体100oHgくらいになります。どうしてかと言いますと、肺の中には水蒸気がありますので100oHgくらいに減らされます。健康な人の肺胞の中にはだいたい100oHg(100トールとも言いますが)くらいの酸素があり、そして毛細血管では、少し下がって、動脈の中では90oHgから100oHg位の酸素があります。
皆さんが、診察をうけたときに動脈血というのを採りますが、その時70oHgだったとか、80oHgだったとか、90oHgだったとか言われたことがあると思いますが、それはここの動脈のところの酸素の圧を測っているのです。
酸素が組織(臓器)に行くにつれて、酸素が離れますので少しずつ圧が下がってきて、最終的には40oHgくらいまで下がります。そしてまた肺に戻って酸素を取り込んで上がってきます。肺が悪いと毛細血管の所で、上手く取り込めないので動脈の所の酸素がグーッと下がってしまいます。
高い山に登ったり、飛行機に乗ったりして高い所に行きますと気圧が低くなります。そうするとそれに応じて中に含まれている酸素の圧も減ってくるわけです。健康な人でも高い所にゆくと、空気中の酸素の圧が低いので、動脈の血液の圧も低くなります。皆さんも旅行に行くときなど条件が変われば、今吸っている酸素の流量を換える必要があります。
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2.酸素と二酸化炭素の流れについて
【二酸化炭素の流れ】
下の図は二酸化炭素の流れを表わしています。
二酸化炭素は組織の方から出て、肺から排出されるので一番多い所が肺を流れている血管の中です。45oHgから46oHgくらいです。毛細血管のところで低くなってまた肺の所で高くなるというようなことを繰り返しているのです。
酸素と違って二酸化炭素の圧はあまり変化しません。
ただ、一生懸命運動をしたりしてエネルギーを沢山使いますとその分だけ二酸化炭素が体の中で沢山作られますので、沢山作られてその値が上がり二酸化炭素が肺からうまく排出されなければ血液の中に二酸化炭素が溜まってきます。
酸素は100oHgから40oHgくらいまで動くのですが、二酸化炭素に関しては5oHgくらいの値で常に動いているのが正常な時の流れです。肺が悪いと二酸化炭素をきれいに排出できませんのでこの値が上がってきます。
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【呼吸不全とは】
呼吸不全とは『生体の各臓器、器官、組織あるいは細胞レベルに要求される代謝需要に呼吸が対応できない状態である』ということですが、わかり易く言えば「うまく酸素が取り込めなくて、うまく二酸化炭素が出せない状態」「酸素の量が足りない状態」の事を呼吸不全と言います。
具体的に言いますと、医師が動脈から採血する『動脈血』で酸素の圧が60oHg未満の場合を呼吸不全といいます。どうして60oHgで切ったのかといいますと、いろんな理由がありますが、60oHg以下になると心臓の血管が縮み易くなる、いわゆる心臓に負担がかかるということで60oHgを切ったところで〔PaO2<60torr〕呼吸不全と呼ぼうとなったわけです。
呼吸不全は酸素が低くて二酸化炭素が正常な場合と、二酸化炭素が溜まってくる呼吸不全という二つのパターンがあります。
T型…PaCO2≦45torr…二酸化炭素が溜まらないタイプの呼吸不全。
U型…PaCO2>45torr…二酸化炭素が溜まるタイプの呼吸不全。
酸素圧が60oHg以上いかない状態が一ヶ月以上続けば慢性呼吸不全と呼びます。普通に健康な肺の人も呼吸不全になることがあります。重症の肺炎を起こしたりとか、気管支喘息の発作を起こしたりすると一過性に酸素が下がって60oHg以下になることがあります。ただそれは治療によって元に戻りますので慢性の呼吸不全とは言えません。
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3.呼吸不全を生じる疾患について
【酸素圧低下の病態】
(図の丸い部分が肺胞、矢印が血管の中の血液の流れです)
肺の病気の時にどうして酸素が低くなるのでしょうか?
それには、三つの理由があります。
1)シャント
上の血管のように肺にくっついていれば血液の中に酸素が取り込まれますが、下の血管のようにバイパスになって肺と離れていれば酸素を取り込むことが出来ません、したがって合流した血液の中の酸素量は低くなります。
2)換気血流比不均等
一方の肺胞は普通に膨らんでいる、一方は途中で閉塞していて狭くなっているので肺胞が余り膨らんでいない。肺胞の大きさにあった血液が流れていたらいいのですが、小さいところに沢山の血液が流れて、大きいところに少しの血液しか流れていなかったら両方とも上手く酸素を取り込めないので酸素が低くなってくるそういう状態を換気血流比不均等と言います。
3)拡散障害
肺胞と血管の間が厚くなっていたり、距離があったりすると酸素が上手く取り込めなくて酸素圧が低下するという状態を拡散障害と言います。肺線維症(間質性肺炎)の方々は主としてこういう状態が原因で酸素が下がってきます。
【二酸化炭素圧増加の病態】
二酸化炭素が溜まる理由は一つだけです。
換気量(一分間にどれくらい呼吸ができるか)によって決まってきます。皆さんが安静時に呼吸をしていますが、一回に換気する量と、一分間に呼吸する回数を掛け算すると一分間の換気量が出てきます。病気によってはその換気量が減ってくるので、二酸化炭素を外に出す事が出来なくて溜まってくるということです。
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【高炭酸ガス血症の成り立ち】
PaCO2=0.863×炭酸ガス排出量/肺胞換気量
肺胞換気量=(1回換気量−死胞換気量)×呼吸数
動脈血の炭酸ガス値は、肺胞換気量に反比例します。即ち、肺胞換気量が2倍になると、血液の炭酸ガスは半分に減少する、逆に肺胞換気量が半分になると、血液の炭酸ガスは2倍になります。どれくらい換気が出来るかで二酸化炭素の量は決まってきます。
【呼吸不全の原因疾患…病態別に】
1.肺胞低換気
1)呼吸中枢機能低下:脳炎、脳卒中、薬物中毒(鎮静・睡眠薬)など
2)神経筋疾患:ギランバレー症候群、重症筋無力症、多発性硬化症など
3)胸郭・横隔膜の損傷:肋骨骨折、横隔膜麻痺、高度の腹水、肥満など
2.換気血流比不均等分布:肺気腫、気管支喘息、肺梗塞、心不全など
3.拡散障害:肺線維症、過敏性肺臓炎、肺水腫など
4.シャント:肺炎、無気肺、ARDS、肝硬変、肺動静脈瘻など
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4.慢性呼吸不全の急性増悪について
【慢性呼吸不全の急性増悪】
慢性呼吸不全の患者さんは普段は酸素を吸いながら家庭で日常生活を送っておられます。しかしそのバランスが何らかの原因(多いのは感染)によって壊れて、息が苦しくなったり、熱が出たりして家庭では生活出来なくなり、入院しなくてはいけない状態になることを、慢性呼吸不全の急性増悪と呼んでいます。
従って、慢性呼吸不全の患者さんの治療はこの急性増悪をいかに防ぐかになってきます。そのためには急性増悪のサイン、状態を知っておくことが重要です。
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5.悪化時の症状、サイン
…どういうときに受診すればいいのか?
1.呼吸器症状
1)通常と違う咳、痰、血痰、喀血
2)発熱
3)胸痛
4)呼吸困難の増強「※詳しい説明は下記に]
5)喘鳴(肺気腫の患者さんに多い)
6)呼吸数の減少または増加
7)呼吸状態の変化
(起坐呼吸…仰向けになると苦しいので、座っていないと呼吸が出来ない)
(下顎呼吸…あえぐ、顎を上げてしか呼吸が出来ない)
※呼吸困難の分類(ヒュージョーンズ分類)
T.同年齢の健康者と同じように動く事が出来、階段や坂道も平気である。
U.同年齢の健康者と同じように歩けるが、階段や坂道は健康者なみには昇れない。
V.平地でも健康者なみには歩けないが、自分のペースであれば1.6km(1マイル)以上歩ける。
W.休み休みでなければ、50m以上歩けない。
X.会話、着物の着替えにも息切れがする。息切れのために外出もできない。
普段の自分の息切れは、呼吸困難の分類のT〜Xまでのどの分類にはいるかを知っておくことが、急性増悪のサインをキャッチするのに必要です。
2.循環器(心臓)症状
1)脈拍の増加または低下
2)血圧の低下または増加
3.その他
1)乏尿(オシッコが出難い)…心不全にも絡んできます。
2)チアノーゼ…酸素が低くなると唇が紫色になったり爪の色が悪くなる。
3)浮腫…はれ、むくみ
4)意識レベルの低下…ひどくなると出る。自分が自分で分からなくなる。 
上記のようなサインが出たらなるだけ早く病院で受診してください。
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6.体調を保つために
1.風邪などの感染の予防
1)うがいや手洗いをしっかりと
2)部屋の換気
3)風邪をひいている人や人ごみを避ける
4)極端な温度差を避ける
5)冷暖房のかけすぎに注意
6)身体を清潔に保つ
7)十分な休息、栄養、睡眠
8)予防接種(インフルエンザ、肺炎球菌)
2.入浴
1)酸素を吸入しながら入浴する
2)体調の良いときに入る。食事前後の1時間は避ける
3)息苦しいときは湯舟には入らない
4)熱いお湯を避け、短時間の入浴を
5)風呂場には椅子や手すりを付ける
6)湯冷めしないように髪や肌は早く乾かす
7)強い香料入りの石鹸や化粧水は避ける
3.睡眠
1)夜間の充分な睡眠のためには昼間の適度な運動が必要
2)睡眠剤、安定剤の服用は主治医と相談して
4.食事
1)充分な栄養を、但し太り気味の人はカロリー制限を
2)消化のよい食事を
3)少しずつよく噛んでゆっくり食べる
4)炭酸飲料、豆類は避ける
5)お酒は少量ならOK
6)塩分は控え目に
5.便通
1)便秘は息苦しさを増強させる
2)水分の補給と規則正しい食事を
6.禁煙
7.身の回りの工夫
1)前かがみはよくない、着替えなどは椅子に座って、服装は前ボタン
2)寝具はベッド、トイレは洋式
3)整理整頓を心がける
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【酸素吸入の効果】
上記のグラフで分かるように24時間酸素を吸っている人と、そうでない人とを比較しますと明らかに生存率が違います。
例えば40ヶ月間経過した時点の生存率を見ますと酸素をぜんぜん吸ってない方たちは30%ですが、酸素を24時間吸っている方たちは75%の生存率があります。このグラフは沢山のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)患者の方の協力を得て作成したグラフなので非常に信頼性があるものです。在宅酸素治療の効果がお分かりだと思います。
【心の健康】
肺に障害があって酸素を吸う生活を続けるということを考えること事態で、自分は苦しくて駄目なんだとか、うつ状態になってしまうということはあると思います。しかし、それを逆に考えて悪いのは肺だけで、残りの臓器は大丈夫だ、頭はしっかりしている、と考えると気分的にも楽になると思います。
このことを具体的に表わしたのが下の表です。
この表はこのリハビリ病棟に以前勤務されていた石上看護師さんが〔HOTの受けとめ方とHOT開始後の心理的QOL(生活の質)の悪化〕についてまとめてくださったものです。
すべての項目で酸素を吸うことに対して恥ずかしいなぁ、いやだなぁと思っている人のほうが悪化する率が高いことが分かります。これが何を表しているかということはなかなか難しいのですが、酸素は薬なんだ、酸素を吸うということは、一般的に病気にかかったら薬をもらって飲むのと同じことなのだと理解して、酸素という薬と一緒に自分は生きてゆくんだと受け止めることが出来たら、いわゆる、心の状態が健康であればいろんなところで生活の質が高くなるんだということを表わしてくれているグラフだと思います。
最後になりますが、自分の病気がどういうふうな病気なのかということを知り、それをしっかりと受け止め、前向きに考えて生きてゆくことが大事なことです。皆様の努力も大切ですし、それを支えるご家族の方や、ご近所の方、それに私達も微力ながらいろんなお役に立てると思います。いろんな人達の助けを借りながら自分自身で前向きに生きていただきたいと思います。
ご清聴有難うございました。
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