◇ 医療講演会 ◇   2006.3.25
第10回 福岡呼吸ケア研究会 《特別講演》
 「呼吸ケアと呼吸リハビリテーション」
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科教授
保健学専攻 理学・作業療法学講座 理学療法学分野 
千住秀明先生
長崎大学の千住秀明先生のお話は、医療関係者向けに「呼吸ケアと呼吸リハビリテーション」をテーマとしてお話されましたが、ここでは患者の立場で役に立つお話の内容を抜粋してご紹介いたします。
◇ 目 次 ◇
1)21世紀の医療のパラダイムシフト:CHQ
2)COPDの増加とCOPDによる損失
3)長崎県田平町での疫学調査
4)アジア-パシフィックCOPD円卓会議
5)COPDへの運動療法の歴史
6)COPDの運動能力低下の原因は骨格筋機能不全
7)運動療法開始時に推奨されるプログラム構成
8)運動療法の進め方に関するコンセンサス
9)効率的な運動療法のためのコンディショニング
10)運動の種類
11)運動トレーニングの原則
12)推奨される運動処方の構成:FITT
13)訓練中の息切れ対策
14)運動療法への工夫
15)効果のメカニズム
16)呼吸リハビリテーションが目指しているもの

1)21世紀の医療のパラダイムシフト:CHQ
21世紀の医療はどう変わっていくか、CHQという言葉があります。
1.Cure:キュアからCare:ケアへの治療目的の変換:今までは「完治」を医療の目的にやっていましたが、今は治らない患者さんたちをいかに管理していくかということになってきております。
2.HospitalからHomeへの医療の場の移行:病院重視型の医療から在宅へと流れが変わってきております。
3.Quantity(量)からQuality(質)への到達目標の変換:医療を提供するだけでなく、いかに質を上げるかということがこれからの課題でしょう。
そういう選択で、今日はお話していきたいと思います。
先頭に戻る

2)COPD(慢性閉塞性肺疾患)の増加とCOPDによる損失
COPDの患者さんが非常に増えております。冠動脈疾患、脳血管障害、その他あらゆる疾患はコントロールされつつありますが、残念ながらCOPDはいまだに右肩あがりで上昇していることは、みなさんご存知の通りです。
こういう患者さんの増加というのは日本を中心としたアジアの国々でどのような影響を及ぼしているかですが、日本におけるCOPDの患者数は厚生労働省の1996年調査によりますとだいたい212,000人(人口の0.2%)となっております。しかし日本のライフスタディの報告によりますと530万人(人口の8.5%)ぐらいはCOPDの患者さんがいるといわれております。この数字の二つの開きはなんだろうかということになります。
またCOPDの増加は、経済的な負担が大きいという問題があります。特にどういうことに負担が掛かるかというと、再入院するために使用される医療費が、全COPD患者さんの医療費の6割から7割を占めているということです。そして男性女性ともに約4割近くの患者さんが、最初に入院して12ヶ月以内に再入院しているという報告があります。医療の経済的な問題が、直接コストで6,500億円ぐらいかかっているということですから、いかにCOPDにたくさんの医療費が投入されているかがおわかりになると思います。急性増悪でその6割,7割が使われているわけですから、呼吸リハビリテーションをしてその急性増悪の数を減らしてやれば2,000億円、3,000億円の節約は意外と簡単に出来るのではないだろうかと考えております。
そして、もうひとつの大きな問題というのは北米・欧州は禁煙教育が盛んに行われておりますので、今後20年間COPDは増加するもののそれからは頭打ちだろうと推測されていますが、私たちアジアの国々はどちらかというと「禁煙」ではなくて「分煙」ですので、今後40年間は増え続けるだろうと言われています。
先頭に戻る

3)長崎県田平町での疫学調査
ほんとに8.5%という数が妥当かということで、私たちは長崎県の田平町の方々に協力していただきまして、50歳以上の全住民(3,135名)を対象にアンケート調査をさせていただきました。
その回答者1,568名(回収率約50%)で、息切れがあると言われた418名のうち協力者190名に実際に肺機能検査をすると、実に59名(50歳以上の住民の8.3%)にCOPDの患者さんが見つかりました。ですから全国調査の8.5%にほぼ近いということで非常に驚きを隠しえませんでした。
他に判ったことは、全体の有病率は8.3%程度ですが、たばこを吸っている人と吸っていない人で比べていきますと、喫煙者の12.6%がCOPDで、非喫煙者は1.8%と非常に少なく、吸わない人に比べて吸う人は8倍ぐらいCOPDになる危険率が高いということが判りました。決して私たちはたばこを吸っちゃいけないということが判ります。
先頭に戻る

4)アジア-パシフィックCOPD円卓会議
COPDの患者さんが非常に増えているということは世界中で共通した問題ですが、アジア-パシフィック円卓会議では、こういう結論に達しました。
.COPDの患者さんの8.5%程度という数字が隠れてしまっているのは、COPDの診断がきちんと行われていないからではないか。
たとえば、私たちが調査をした8.3%の患者さんの多くが整形外科や、外科や内科にかかっていて、呼吸器科にはかかっていない。多くのお年寄りたちは人生50年,60年と思っていたので70歳をすぎて息切れがあるのは当たり前だと思っていて、実はCOPDが隠れた原因だとは考えていない。また、COPDが原因だときちんと診断できる先生たちが少ないことも現実にあり、COPDの病歴、症状、身体兆候などの手立てをとっていない。
.患者さんたちの多くが息切れを中心とした症状で日常生活を制限されているので、いわゆる吸入気管支拡張剤を中心とした定期的な薬物療法をきちんとすべきである。
肺が悪くなったり、血液の流れが悪くなったりすると、バランスが崩れて呼吸不全の症状が起こってきます。
.医療費の6,7割が感染による急性増悪であるので、すべてのCOPDの患者さんたちにインフルエンザの予防接種をして、医療費を減らそう。
4.呼吸リハビリテーションを中心としたケア(運動療法、患者教育、禁煙)を広めていこう。
呼吸リハビリテーションというのは、患者さんの能力障害、呼吸困難感とか、運動能力に関しては下肢による持久力訓練をしますと息切れが著しく改善されて日常生活が拡大するということがわかり、この運動療法というのはきわめて重要になってきます。
先頭に戻る

5)COPDへの運動療法の歴史
COPDの歴史の中で運動療法というのはどういうふうに捉えられているかといいますと、呼吸器病学の開拓者といわれているBarach博士でさえ、1950年頃には慢性呼吸不全の患者さんは「安静」と「運動回避」でじっとしておいてくださいというのが標準的な治療法だったのです。
ところが、1964年に初めて、運動療法が慢性呼吸不全の治療に効果的ではないかという報告がなされるようになり、2000年代になってようやく本格的な運動療法というのが世界中で取り組まれるようになりました。我が国にいたっては、つい5,6年前に運動療法がスタートしたと言っても過言ではありません。

6)COPDの運動能力低下の原因は、骨格筋機能不全
従来、呼吸器の患者さんが息苦しい原因は、呼吸機能いわゆる呼吸筋や肺機能や循環器機能が低下したために患者さんたちの運動能力が低下しているんだということで、呼吸訓練、排痰法など、とにかく呼吸機能をいかにあげるかということに努力してまいりました。ところが2000年前後に、呼吸不全の患者さんも、息切れや呼吸機能が低下していることも原因ですけれども、実はそれよりももっと大きな問題として、手足の骨格筋機能が低下していることが原因ではないか、ということが初めて言われるようになりました。
それはどうしてかというと、呼吸不全の患者さんは常に慢性の低酸素血症と高炭酸ガス血症にさらされている。そしてなかなか栄養が取れなくて、呼吸不全の患者さんのBMIは平均18ぐらいで低栄養状態である。それに肺炎など炎症による酸化性のストレスでサイトカインがいたずらをして、筋力をおとす原因になります。そして患者さんのなかには1日5mg以上の全身ステロイドの投与により、ステロイド性のミオパチー、いわゆる筋肉が弱くなってしまいます。そして70歳という年齢と重なって活動量が低下してくる。心臓が悪いからと利尿剤をたくさん使ってくると、電解質いわゆる筋肉の収縮に必要なカリウムやマグネシウムがおしっこのなかに出て、電解質の不均等が起こる。こういう状況に筋肉の状況はありますので、呼吸機能だけでなくて手足の筋肉の機能も低下しているに違いない、ということを言い始めたわけです。
そうしますと、その証拠がいろんな形で出され始めます。端的な例として、今、世界では1,000例近い患者さんたちが肺移植の対象になっております。九州では福岡大学と長崎大学が肺移植の認定施設になりました。まだ私たちは一例も経験しておりませんが、待機状態にあります。70歳代の患者さんに20代30代の肺を移植したら非常に若返っていいだろうと思うんですが、実は肺移植を受けた患者さんは、酸素を取り込む能力は40〜50%ぐらいしか向上しない、自分と同じ年齢の人に比べても6割から7割ぐらいにしかならないそうです。これはどうしてかというと、筋肉自身にも問題があるのではないか、と考えられます。
呼吸不全の患者さんの特徴として、肺機能がどんどん低下して生活が制限される過程には、5年とか10年とか長い人では20年もの非常に長い年月を送ってきている。ですから、患者さんは手足が不自由でないだけに、動ける間は動けるだけ精一杯動いてきているんですね。そしてもうこれ以上は息が苦しくて動けないという状態に至ってきますので、だんだん呼吸機能が落ちてきたと同時に、手足の筋力や他臓器もその機能低下を起こしているということがわかってきたわけです。したがって、たとえ新しい肺をいれたとしても、肺の機能が気管支拡張剤で上がったり外科療法で向上したりしても、それだけでは十分ではなく、それと同時に手足の筋肉をもう一度再教育していけば、もっともっと日常生活がよくなるということが判りまして、今は運動をしなさいということが言われて、日本呼吸管理学会、呼吸器学会、理学療法学会が中心となって、運動療法マニュアルというものが出されたわけです。
先頭に戻る

7)運動療法開始時に推奨されるプログラム構成
重症といわれる患者さんは、まず呼吸法や排痰法をしっかりしてください。呼吸法や動作法を工夫して日常生活のなかに取り入れることによって、ADL(日常生活動作)をあげることが出来るようになり、プールに入ったり余暇を愉しんだりすることが出来るようになります。
軽症の頃は呼吸訓練より、しっかり手足の筋肉を鍛えてください。負荷をあまり強くしなくてもいいので、日常生活をたくさん広げていけば日常生活そのものが運動療法になりますので患者さんのADLが拡大します。

8)運動療法の進め方に関するコンセンサス
患者さんは、日常生活で頑張れるだけ頑張ってきていますから、もうこれ以上は動けないという状態になっていますので、「さあ運動療法しましょう」といっても、運動に対する不安感があったりします。だから、まずはしっかり呼吸法や動作法をして、患者さんが日常生活のなかでも「ああ、こういう動作法や呼吸法によって息切れが取れるんだ」ということをまず身に付けてもらいます。そしてADL(日常生活動作)のなかにしっかり取り入れながら最終的には長く使わなかった手足の筋肉を鍛えます。
少し運動していかないと機能は回復しません。薬を飲んだだけでは筋肉はつかないんですね。外科療法をしただけでは筋肉はつかない。筋力は自分で動かないと出来ませんので、日常生活をひろげなければいけない。その為には息切れをどういうふうに克服するか、という工夫が必要になります。ではどうしたらよいかということをみなさんに少し紹介してみたいと思います。
先頭に戻る

9)効率的な運動療法のためのコンディショニング
運動するときは、息が苦しいと感じるとそこで運動が継続できなくなります。したがって、息が苦しくなったときにはきちんと息切れを取り除ける、息切れを軽減できる、そういう方法を患者さん自身が身につけておく必要があります。それがコンディショニングといいますが、息が苦しくなったときの呼吸法、どのようにリラクゼーションして息切れをとるかということ、胸郭をやわらかくしておくこと、排痰法、そういうことをしっかり身に付けて運動療法を始めないと効果があがりません。

10)運動の種類
全身持久力トレーニングとして心肺機能を高めるという訓練、これは軽い運動からだんだん負荷を増やしていって運動時間を長くするというのが基本になります。それによって心肺機能が改善されます。
長く動かなかった人は骨格筋の筋力を強くする方法があります。時間は短くてよいので、高負荷が基本になります。そうすることによって筋肉の特性が改善され筋肉量が増やせることになります。
先頭に戻る

11)運動トレーニングの原則
@過負荷の原則:
いままで息が苦しくて何もしない生活を続けている限りは、患者さんの機能というのは上がりません。いままでより自分の組織や臓器の機能を向上させようと思えば、昨日よりも今日、今日よりも明日というように日常生活を少し広げてあげるために日常より少し強い負荷をかける必要があります。
A特異性の原則:
脚を強くしようと思えば下肢の筋肉を、腕を強くしようと思えば上肢の筋肉を、息切れを軽減しようと思えば弱っている筋肉を鍛えてあげないと効果がない。筋力を鍛えたいのか、持久力を鍛えたいのか、そういうことを明確にする必要があります。
B可逆性の原則:
運動というのは中止すると元の木阿弥になります。1ヶ月かけて機能が高まったなら高いまま生活を続けるということが大事になります。1ヶ月何もしないと元に戻ります。退院して帰ってきて何もしない日が1週間2週間と続くと、だんだん元に戻ってしまいますので、必ず生活の中に運動習慣を取り入れる必要があります。だから運動のための運動をするのではなく、入院中は少し遠いトイレまで歩いていくとか散歩をするとか、また退院後は自分の役割を家庭のなかできっちり見つけて生活そのもののレベルをあげるようにやっていかないと、可逆性の原則にひっかかりだんだん機能が落ちてしまうことになります。
先頭に戻る

12)推奨される運動処方の構成:FITT
運動するときの処方は、
Frequency:どの程度の頻度で運動したらよいか
Intensity:どの程度の強さで運動したらよいか
Time:どれくらいの時間運動したらよいか
Type:どんな種類の運動がよいか
この4つの項目をきちんと理解した上で運動するということが大事になります
F:頻度⇒2日に1回運動すれば効果は十分です。
I:強度⇒高負荷でも低負荷でもかまいません。息切れがまだ無いという人には高負荷で十分です。
T:時間⇒1日20分で十分です。連続で出来なければ5分×4回,10分×2回など合計で20分以上で結構です。
T:種類⇒筋力トレーニング、持久力トレーニングを分けて鍛える筋肉を明らかにします。
先頭に戻る

13)訓練中の息切れ対策
運動中には、当然息切れが起こります。息切れを取る方法は、口すぼめ呼吸、腹式呼吸とか横隔膜呼吸などです。横隔膜が下がった人は決して無理をして横隔膜呼吸をする必要はありません。深くてゆっくりした呼吸をやってください。そして息切れが起きたときにはどこかに手を着いて、体を支持して息切れをはやく取る姿勢にして、患者さん自身で息切れを納める方法を身に付けていただき、安心して運動を続けられるようにしましょう。

14)運動療法への工夫
・運動中は口すぼめ呼吸と腹式呼吸を行うということを忘れないようにしてください。
・動作は息こらえをせずに常に呼気で、息を吐きながら行いましょう。
・鍛えたい目的筋を可能な限り単独で、たとえば脚を鍛えたいときは脚だけ、腕を鍛えたいときは腕だけを強化するようにしてください。特に筋力を強くするときは、一度にたくさんの筋肉を使うと息切れしやすくなります。
・それでも息切れが生じる場合は、ひとつひとつの運動の間に腹式呼吸を1〜2回入れ休息をとると、運動が容易にできるようになります。
・酸素療法をしている患者さんには、運動療法時には十分に酸素が吸えるように、安静時の1.5〜2倍の酸素量で行うことを忘れないでください。
・息切れが強い日には、2日に1回でも機能が改善するのですから、回数を減らすとか、運動量を半分にする工夫もしてください。
気管支拡張剤の処方が出ている方は、運動する前に気管支拡張剤を吸入してから運動します。薬を使っていると呼吸リハの効果は非常によくなるので、薬物療法も非常に大事です。息苦しい状態を取り除いてあげることによって、運動も容易になります。
何のために酸素を吸っているかというと、息切れを取るためです。気管支拡張剤も息切れを取るためです。それは、息が苦しくない状態でさらに運動という習慣を取り入れることにより、自分の日常生活を広げることになるという著しいリハビリ効果が出ることが、現在、明らかになっております。
先頭に戻る

15)効果のメカニズム
呼吸不全で酸素を取り込む能力が低下している方は、筋肉を鍛えることによって少ない酸素で動けるようになり、同じ運動をするのにも効率性が増し、今までの呼吸でもっと動けるようになります。
それはどういうことかというと、運動で下肢の疲労感、呼吸困難感が軽減することによりQOL(生活の質)が上がり、自分自身の生活にだんだん自信がもてるようになります。そうすることによって、自己効力感(自分の行動に「できる」という自信を持つこと)が改善され、これからの人生をもっともっと楽しみたいという気持ちが上がってきて、積極的に社会参加ができるのではないかと思います。
先頭に戻る

16)呼吸リハビリテーションが目指しているもの
・呼吸困難の改善:
換気能力を変えることは現代医学では出来ないので、同じ日常生活の中でも少ない酸素量で動けるようになること、運動による換気需要量を軽減させるようになること、これは運動療法でしか得られません。
・ADL(日常生活動作)障害の改善:
日常生活の中で呼吸法や動作法をうまく取り入れて運動効率を改善することは、重要だろうと思います。そうすることによって、患者さんのADL障害が改善されていきます。
・急性増悪のための自己管理能力の習得:
急性増悪というのが非常に多いので、患者さんの自己管理能力で、感染を生涯にわたって増悪させないようなことを理解していただくことが大事だと思います。
【医療関係者の皆様へ】
講演の後半に、千住秀明先生が映像とともに説明された「シャトルウォーキングテスト」は、HP千住研究室「夢塾」に掲載されていますので、お知らせいたします。
http://www.senjyu.am.nagasaki-u.ac.jp/
 
この講演は、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科教授で、保健学専攻 理学・作業療法学講座 理学療法学分野のご専門でいらっしゃる千住秀明先生が、2006年3月25日に特別講演された「呼吸ケアと呼吸リハビリテーション」
主催「福岡・呼吸ケア研究会」、共催「帝人在宅医療九州株式会社」様のご承認を得て掲載しております。講演された千住先生には、ご多忙のなか校正や会報のWeb掲載にもご快諾をいただき、感謝しております。千住先生をはじめご協力いただきました関係者の皆様方、どうもありがとうございました。
「ホットの会」のTOPページへ 先頭に戻る 「医療講演集」目次へ