◇ 医療講演会:資料 ◇
これは福岡市呼吸器教室で講演当日配布されたものです。
「慢性呼吸不全の薬物治療」
(2004.11.11)
国立病院機構 福岡病院 臨床検査科医長 
                上川路 信博先生
肺は空気を出し入れすることで酸素を取り込み、二酸化炭素を排出するはたらきをもっています。肺の病気が進行してこの働きが障害され、酸素不足の状態や、二酸化炭素が貯まった状態になることを慢性呼吸不全と呼びます。
慢性呼吸不全の原因となる疾患には、肺気腫、肺結核後遺症、肺線維症、気管支拡張症、塵肺などがあります。これらの病気では、肺を元の正常な状態に戻すための根本的な治療法が見つかっていませんが、呼吸を楽にするための薬はあります。肺は、ガス交換の場である肺胞と、肺胞までの空気の通り道である気管支で構成されていますから、呼吸を楽にするにはこれらのいずれかに働きかける必要があります。
気管支拡張剤副腎皮質ホルモン去痰剤鎮咳剤利尿剤強心剤は、気管支を拡げて空気のとおりをよくしたり、肺胞のむくみや炎症をおさえてガス交換をよくすることで呼吸を楽にする効果があります。また、慢性呼吸不全の患者さんは、感染により症状が悪化することが多いので、これに対応する薬剤として抗菌剤、予防のためのワクチンも広く使われています。以下に、それぞれの薬について簡単にご説明したいと思います。
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1)気管支拡張剤
気管支は内側に粘膜があり外側を気管支平滑筋という筋肉が覆っています。気管支拡張剤は、外側を覆っている筋肉の緊張を緩めることで気管支を拡げる作用をもつ薬の総称です。大きく交感神経を刺激する薬副交感神経を抑える薬テオフィリン製剤の3つのグループに分けられます。交感神経と副交感神経は、体の状況に応じて内臓、血管などの働きをコントロールしています。
気管支に対しては、交感神経が気管支平滑筋の緊張を緩めて気管支を拡げる作用をもち、副交感神経は逆に気管支を狭くする作用をもっています。サルタノールメプチンエアベロテックエアロゾルアスプール液ベネトリン吸入液などの吸入薬は交感神経を刺激する薬で、直接気管支に作用し副作用も少ないのでよく使われます。
すぐに効果がでますが持続時間が短いので、息苦しくなったときや、動く前などに使うと効果的です。動悸や手の震えなどの副作用が出る場合がありますので、これらの副作用が出る場合は使用量をひかえた方が良いでしょう。
持続が短いのが欠点なので、効果を持続させるための工夫をした薬も開発されています。投与法を工夫したのがホクナリンテープですし、構造に一工夫したのが吸入薬のセレベントです。これらの薬は持続時間が長いので決まった時間に使うことで一日中効果を期待することができます。
副交感神経をブロックする薬は抗コリン薬とも呼ばれテルシガンアトロベントなどの吸入薬があります。排尿障害や眼圧を上げることがあるので前立腺肥大症や緑内障の方には使いません。これらの薬剤も効果の持続時間は長くありませんが、近くスピリーバという24時間効果の持続する薬が発売されますのでその効果が期待されています。
テオフィリン製剤は、植物由来の薬です。テオドールユニフィルなど徐放錠と呼ばれるゆっくり吸収されて効果の持続の長い製剤がよく使われます。嘔気・嘔吐・動悸などの副作用がありますが、最近は、少なめの量を使う場合が多く副作用に遭遇することは以前よりも少なくなったと思います。これらの薬は、肺気腫や喘息など気管支が狭くなり呼吸しにくくなる病気で特に有効ですが、結核後遺症、気管支拡張症でも効果があり広く使われています。
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2)副腎皮質ホルモン
ステロイド剤とも呼ばれ炎症を抑える作用があります。アルデシンベコタイドフルタイドパルミコートキュバールなど吸入薬は、気管支の炎症を抑えることで気管支の腫れをとり空気のとおりをよくします。喘息で大きな効果がありますが、最近の研究では肺気腫にも有効であることが証明されています。副作用も声が嗄れたり口内炎ができることがある程度で長期に使っても安全な薬です。しかしながら、吸入薬は効果がでるまでに数日と時間がかかりますし、気管支までしか薬が到達しませんので肺胞でのガス交換への効果は期待できません。
プレドニンなどの飲み薬は、これに比べて即効性がありますし、肺胞の炎症も抑えてガス交換を改善する効果も期待できます。しかしながら、長期に使った場合、骨がもろくなる、糖尿病になる、白内障になる、胃潰瘍になる、血行障害がおきる、免疫力が低下するなど大きな副作用があります。
ですから、いくら効果があっても長期に使うのは避けなければならない薬です。一方、1−2週間と短期に使った場合には副作用なく安全に使えることが実証され、喘息はもちろん肺気腫の急性増悪時に積極的に使うことが勧められています。
肺気腫などの患者さんが、風邪などひいて息苦しさが増してこられた場合、抗生物質といっしょにブレドニンというステロイド剤を数日間処方される機会も多いと思います。
3)去痰剤
痰があると気管支の空気のとおりが障害されます。ムコダインムコソルバンビソルボンなどは、痰をやわらかくして出やすくする作用がある薬です。効果はあまり大きくありませんが副作用も少ない薬です。
4)鎮咳剤
咳は、本来は、異物や痰を排出するという重要な役割があるので咳をすることが必ずしも悪いというわけではありませんが、多すぎると息苦しさが増す原因になります。リン酸コデインは咳を抑える代表的な薬で、当院でもしばしば使われています。便秘や眠気などの副作用がありますが、重篤な副作用はほとんどありませんのでしばしば処方されています。
5)利尿剤・強心剤
心臓に問題がある場合に使う薬です。心臓の働きが低下すると、気管支や肺胞がうっ血してむくむことで気管支も狭くなるし肺胞でのガス交換も障害されます。利尿剤や強心剤は、このうっ血を解消することで呼吸を楽にします。足のむくみなどの症状がある場合は、これらの薬で楽になる場合があります。
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6)抗菌剤
慢性呼吸不全の患者さんは、風邪をひいたりすると、息苦しさが増して急性増悪といわれる状態になることがしばしばあります。一般的には風邪はウィルス感染ですので、抗菌薬は効果がないとされていますが、慢性呼吸不全の患者さんは二次感染を起こしやすいので使われる場合が多いと思います。
ウィルスに有効な薬には、タミフルという薬があります。この薬はウィルスの中でもインフルエンザにのみ有効です。予防にも使えますので、ご家族がインフルエンザにかかった場合には主治医に相談されても良いと思います。
7)ワクチン
インフルエンザワクチン肺炎球菌ワクチンがあります。ワクチンは、慢性呼吸不全の患者さんでは、発症を完全に予防することはできませんが、重症化することを予防する効果がありますので、受けられておくことをお勧めします。インフルエンザは感染性が高い病気ですので、患者さんの介護をするご家族もワクチンを受けられることが患者さんを守る効果があるといわれていますので、いっしょに受けられることをお勧めします。
以上、慢性呼吸不全の薬物療法についてまとめてみましたが、どの薬を選ぶかは、個々の病気、個々の患者さんによっても変わってきますし、使われている患者さんご自身の使ってみての感じも大切です。今日の話が担当の医師と相談しながら、よりご自身にあった薬を選ばれる際の参考にしていただければ幸いです。
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