◇ 医療講演会 ◇    (2004.11.11)
 「慢性呼吸不全の薬物療法」
国立病院機構 福岡病院臨床検査科医長 上川路 信博先生
◇ 目 次 ◇
はじめに
1)気管支拡張剤
 ・交感神経刺激薬
 ・副交感神経刺激薬(抗コリン薬)
 ・テオフィリン製剤
2)副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)
3)去痰剤4)鎮咳剤5)利尿剤・強心剤
6)抗菌剤7)ワクチン8)まとめ
☆ 質疑応答
※講演会では「要約資料」を参加者に配られましたので、
どうぞこちらも参考になさってください。
 1.はじめに
上川路 信博先生福岡病院の上川路です。慢性呼吸不全の薬物療法というテーマでお話をさせて頂きます。ここにおられる方は、患者さんご自身だったりご家族だったりで、慢性呼吸不全になんらかの関わりをお持ちですから、この病気の症状については良くご存知だと思います。
肺は空気を出し入れすることで酸素を取り込み、二酸化炭素を排出する働きをもっています。肺の病気が進行してこの働きが障害され、酸素不足の状態や二酸化炭素が貯まった状態になることを、慢性呼吸不全と呼びます。
慢性呼吸不全の原因となる病気には、肺気腫、慢性気管支炎、肺結核後遺症、肺線維症、気管支拡張症、塵肺などがあります。これらの病気の中で、結核に関しては根本的な治療が今はあるので新しく肺結核後遺症になる患者さんはまずいらっしゃらないのですが、それ以外の病気は、肺を元の正常な状態に戻すための根本的な治療法が現時点では見つかっていません。しかし、呼吸を楽にするための薬はありますので、今日はそれらの薬についてお話したいと思います。
最初に肺の仕組みについて簡単にご説明し、それぞれの薬がどこに働くのかをお話したいと思います。
肺は、肺胞と呼ばれるところと気管支と呼ばれるところがあります。空気は気管支を通って肺胞に行き、その肺胞を取り囲んでいる毛細血管で、酸素(O2)と炭素がくっついた二酸化炭素(CO2)が排出されて、ガス交換が行われています(図1)。
図1) 肺の構造と働き
慢性呼吸不全の原因、すなわちどうして呼吸が苦しくなるかといいますと、気管支のとおりが悪くなるということと、酸素を取り込んで炭酸ガスができるという機能が障害されるという二つが大きな要因になります(図2,図3)。
ですから薬も空気の通りをよくするか、酸素の取り込みをよくするか、いずれかの作用をもつ薬が慢性呼吸不全に効果があることになります。
このような薬には気管支拡張剤、副腎皮質ホルモン剤、去痰剤、鎮咳剤、利尿剤、強心剤などがあります。これらの薬は気管支を拡げて空気の通りをよくしたり、肺胞のむくみや炎症をおさえてガス交換をよくすることで呼吸を楽にする効果があります。(図3)
また慢性呼吸不全の患者さんは、感染により症状が悪化することが多いので、これに対応する薬剤として抗菌剤、感染予防のためのワクチンも広く使われています。
先頭に戻る

 1)気管支拡張剤
気管支の空気の通りが悪くなれば、呼吸が苦しくなります。気管支拡張剤は気管支を広げて空気の通りをよくしようとする目的で使われる薬です。気管支は内側に粘膜があり、外側を気管支平滑筋という筋肉が覆っています。気管支拡張剤は、外側を覆っている筋肉の緊張を緩めることで気管支を拡げる作用をもつ薬の総称です。(図2)
図2) 呼吸不全の原因(1)
気管支拡張剤には、大きく三種類の薬があります。ひとつは交感神経を刺激する薬、もうひとつは副交感神経を抑制(ブロック)する薬、それから、もうひとつはテオフィリン製剤といいまして、テオドールなどの植物由来のアルカロイド製剤があります。
交感神経と副交感神経は自律神経と呼ばれます。自律神経という名前はよく聞かれたことがあるとおもいますが、交感神経は体が活動している時や起きている時、走ったり逃げたりする時に働く神経です。心臓に対しては心拍数を上げる、気管支に対しては気管支を拡げる働きがあります。従って気管支の空気の通りが悪くなっている肺気腫や喘息には大きな効果があります。
先頭に戻る

<交感神経刺激薬>
交感神経に作用する薬の作用は、気管支の外側に気管支を拡げる筋肉がありますが、この筋肉が収縮すると気管支が狭くなり、緩むと気管支が拡がります。交感神経は、平滑筋の緊張を緩めて気管支を拡げる作用があります。要するに、逃げたり戦ったりするときに働く神経ですから、空気を余計取り込むために、気管支の周りにある平滑筋の緊張を緩めて気管支を拡げる作用があります。
その交感神経の作用に関わっている物質は、もともとからだの中ではアドレナリンといい、「アド」は上、「レナ」は腎臓のことを意味し、腎臓のすぐ上にある副腎というところで見つかった物質です。野球の選手が逆転満塁ホームランで帰ってきたときのインタビューで「アドレナリンが体中を駆け回るのが判った」というような表現をするように、非常に興奮した時に出ます。これが出ると気管支が拡がりますが、同時に脈拍がふえて心臓もバクバクします。
アドレナリンは、今から100年ほど前の1900年に高峰丈吉先生が見つけられたものです。アドレナリンは「ボスミン」という薬になっています。「ボスミン」は、喘息で発作の時に筋注して気管支を拡げるように使うのですが、気管支を拡げる以外にも交感神経のいろんな作用を持っていますので、血圧は上がる、心臓はバクバクする、体はちょっと震える、いろんな作用が同時に起こってきます。
慢性呼吸不全の患者さんというのは、気管支は拡げたいのですが、心臓がバクバクしたり緊張してほしかったりするわけではないので、アドレナリンの中の気管支だけを拡げる作用だけを取り出した薬のほうが、現実的に考えて好ましいわけです。今よく使われている交感神経を刺激するす薬は、サルタノール、メプチンエアなどですが、アドレナリンの中の気管支を拡げる作用だけを取り出した薬です。もちろん100%取り出せるわけではないので、多少は動悸がしたり手が震えたりなど副作用が出る場合がありますが、アドレナリンに比べて100倍ぐらい気管支への作用が強い、というような薬です。ちなみに、どうしてそのようなことが出来たかといいますと、アドレナリンをキャッチする受容体(レセプター) とよばれる装置が気管支にも心臓にもありますが、その構造が気管支と心臓では少し違っています。いろんな物質を調べていくと、気管支の受容体にだけくっつきやすいものがありました。代表的な薬はサルタノールやメプチンなどで、これらの薬では、気管支を拡張させる作用だけが強調されています。
ただ、アドレナリンなどは、何か問題がおこったら速やかに分泌されて緊張するけれども、必要がなくなれば速やかに元にもどるという特徴があります。それをまねているので、こういった薬は持続が短いという特徴があります。すぐ効果が出ますが、効果がきれるのも速いので、予防的に使うのには向いていません。サルタノールとかメプチンエアとかは、1、2時間もすると効果が薄れますので、苦しいときに使うときとか、息切れが予想される直前に使うのがポイントです。例えば、お風呂に入る前にひと吸入するとか、動いて苦しくなる時にひと吸入するなど。
しかしながら、慢性呼吸不全では常に気管支を拡げておきたい要望があるので、それでは足りないということが当然出てきます。そこで、薬の作用を出来るだけ長くする工夫がなされています。
セレベント
(セレベント:グラクソ)
たとえば「ホクナリンテープ」というテープ製剤は、テープに含ませた薬がじわじわと吸収されて、1日中効果を持続させる薬です。つい2年ほど前に出たセレベントという気管支拡張剤は、効果が持続するように薬の構造を工夫されていますので、朝と晩に定期的に使うことで、1日中気管支拡張効果を得られるようになりました。            
これらの薬は、気管支の平滑筋に作用するように工夫もありますが、個人差もありまして、もともとのアドレナリンの効果、例えば動悸や手の震えなどを感じる方もおられます。どうしてもドキドキしたり体が震えたりという副作用がある場合は使い辛いので、別のものに替えるとか量を減らすことが必要です。
気管支拡張剤には飲み薬もありますし、張り薬も吸入するタイプの薬もありますが、その中では吸入するタイプがよろしいかと思います。気管支に直接到達して作用し気管支以外への副作用が少ないので、まずは吸入薬をお勧めしています。
吸入に関しましては、ポータブルタイプのものと、器械(コンプレッサー)で霧を作ってそれを吸いこむタイプのものと2種類あります。気管支拡張剤に関しては、上手に吸えればどちらも同じ効果があります。しかし、ポータブルタイプのものは、霧のようにシューッと出てあっという間に消えてしまいますので、意外にタイミングを合わせて吸うのが難しいかもしれません。コンプレッサーや、超音波ネブライザーのようなもので吸うほうが、吸入の上手下手、要領に関係なく薬が気管支に入っていくので、特に苦しくなったときには、吸入器を使うほうが吸いやすいかたもおられます。ケースバイケースで、使い分けをされたらよかろうかと思います。
先頭に戻る

<副交感神経遮断薬:(抗コリン薬)>
交感神経がアクセルであれば、副交感神経はブレーキです。たいていの場合は交感神経と副交感神経は逆の作用を持っていて、気管支に対しても副交感神経は気管支の緊張を高めて狭くするような作用がありますので、これを抑制することでも気管支は拡げることができます。このような薬には、アトロベント、テルシガン、などがあります。副交感神も交感神経も同じように体中に張り巡らされていますので、これを抑制しますと、他の場所にいろんな副作用が出てくることがあります。代表的なものは、おしっこが出にくくなります。
副交感神経には尿道の平滑筋を拡げるという作用がありますから、抑制するとおしっこが出にくくなるということがあります。ですから、前立腺肥大症を持っていらっしゃる方には使いにくい薬です。ちなみに、どちらかというと女性によくみられる問題の一つに尿失禁という問題があります。産後に尿道の括約筋の機能が弱ったりするためですが、副交感神経を押さえるこの作用を利用した薬「バップフォー」は尿失禁に効果があります。あと頻度は減りますが有名な副作用として眼圧が上昇するので、緑内障で眼圧が上がりやすい方は使わないほうが安全です。
この副交感神経を押さえる薬の作用も数時間の単位で、あまり長く持続しません。最近、セレベントと同じように長時間作用する薬が開発近々発売されるようになります「スピリーバ」という吸入薬で、カプセルを入れて針で穴を開けて中の粉を吸いますが、この薬は24時間効果が持続するので、1日1回吸えば1日中副交感神経を緩めるという作用があります。  
スピリーバ吸入するタイプなので、ある程度気管支を中心に効果が持続します。日本での治験や外国でのデータを見ると、かなり効果があるようです。
(※ 現在は、スピリーバは使用可)
(スピリーバ:ベーリンガーインゲルハイム)
交感神経を刺激するのと副交感神経を抑えるのと、どちらが効くかということですけれども、喘息などの場合には一般に交感神経を刺激するサルタノールなどのほうが効果が高いので、多くの場合こちらを勧めます。しかし、慢性呼吸不全、肺気腫などの場合には、意見が二転三転しております。患者さんのお話を聞いておりますと、個人差がありますので、試してみて効果の有る方を使うのも一つの方法だと思います。
先頭に戻る

<テオフィリン製剤>
テオドール、スロービット、ネオフィリンなどをテオフィリン製剤といいます。120年ぐらい前にお茶から抽出されて、1900年代の初期に喘息の薬として、あるいは心臓の薬、強心剤として使われました。現在では、テオドールにしてもユニフィルにしても、腸の中でゆっくり溶ける工夫をされた薬が主流です。徐放錠といいますが、ゆっくり吸収されることで長い効果が得られます。以前は第1番に使われる薬剤でしたが、最近ではサルタノールなどの効果が高いので、これは補助的に使う位置づけになっています。
副作用として、吐き気とか動悸とかの強心作用がありますが、補助的に使うということは、言い換えれば少ない量使うということです。以前は中毒量ギリギリでうまく使うのが医者の腕のみせどころみたいに言われていたこともあり、血中濃度を測定しながらテオフィリンの量を決めることが大事な仕事でした。テオドールですと100mgと200mgの2種類がありますが、今は100mgで1日2回ぐらい使われている方も少なくありません。
以前はある程度の量を飲まないと効かないといわれていたのですが、いろんな研究で、ステロイドホルモンの相乗効果が期待でき、量が少なくてもステロイドと一緒に使うと相乗的に働いて効果が上がるので、比較的少ない量あまり副作用が出ない量で出される主治医の方も、効果がパッとしないので、まったく出されない主治医の方もおられると思います。
先頭に戻る

2)副腎皮質ホルモン剤
副腎皮質ホルモンは、気管支にも肺胞にも両方ともに働くのですが、このホルモンは炎症を抑える作用があります。例えばケガをしたときに赤く腫れるのを抑えると同じように、腫れを引かせる効果があります。
気管支の粘膜が腫れると、腫れることによって気管支の内径は小さくなりますので、腫れを引かせてやれば、当然空気の通りはよくなります。それから肺胞の粘膜が腫れてしまうと、血管と空気がある層との距離が遠くなりますので、当然、ガス交換は悪くなります。ですから、腫れが引くということは、気管支の空気の通りもよくするし、肺胞でのガス交換をよくする効果もあり、非常に効果のある薬であります(図3)。
図3) 呼吸不全の原因(2)
さきほどアドレナリンの話をしましたが、アドレナリンは副腎の真ん中から出ますが、このホルモンは副腎の外側から出ます。外側のことを皮質と呼びますので、副腎皮質ホルモンと呼びます。
キュバール
(キュバール: 
 シェリングプラウ)
この副腎皮質ホルモンはステロイドとも呼ばれますが、一番よく使われるのは吸入ステロイドです。フルタイド、キュバール、以前ですとアルデシンとかベコタイドなどです。吸入薬というのは、口から吸い込むという投与の仕方で、概ね気管支まで薬が届きますから、気管支の腫れを引かせて空気の通りをよくすることが期待できます。    
ステロイドそのものには、ガス交換をよくするという効果もありますが、肺胞まで薬が届かないのでこの効果は吸入では期待できません。
ステロイドというのは、すごく強い炎症を抑える作用があります。非常に効果の高い薬ですが、吸入以外の使い方で長期に使った場合には、体のホルモンのバランスが狂い、たくさんの副作用が出てきます。
具体的には、胃潰瘍ができやすい、白内障になりやすい、骨粗鬆症(骨がもろくなりやすい)これについては最近、予防薬を飲んだほうがいいと学会のほうがガイドラインの案を出したという記事が出たりしています。そのほか、免疫力が落ちるので感染症、たとえば肺炎などに罹りやすくなるいという問題もありますし、糖尿病になりやすいとか、顔がまるくなるとか、皮膚が薄くなるとか、血行障害などいろんな副作用があります。長期というのは、月単位から年にわたって使った場合ですが、慢性呼吸不全というのは、短期的に治したらそれで終わりという病気ではないので、長期に使って安全に使えるというのが薬の必要条件になります。
吸入ステロイドという薬は気管支までしか行かず、通常量では全身へのホルモンのバランスに影響はほとんど与えないので、恐ろしい副作用の多くが出ません。細かく文献をあたると、やはり吸入ステロイドを使っていると白内障の発生数が少し高いという論文などもありますが、日常診療で感じる程のものではありません。せいぜい口の中の口内炎とか、声がかれるといった副作用が出るぐらいですし、薬を止めたり替えたりすればよくなるので、非常に安全な薬です。ですから、副腎皮質ホルモンに関しては、多くの場合は吸入ステロイドという形で使います。
しかしながら、内服や注射で使うのは肺胞での効果が期待できるのと、効果があらわれるのが速いので、大きな利点があります。肺気腫の方が風邪をひいたりして、急性増悪で痰が増え息苦しさを増すときには、抗生物質と一緒にプレドニンという副腎皮質ホルモンの飲み薬をしばらく(1〜2週間ぐらい)使うことが、入院回数を減らすという論文も出ております。ステロイドの副作用も、飲み薬として短期的な使用に関してはほとんど出ませんので、急性増悪のときなどに抗生剤と一緒にプレドニンを処方されても、心配なく服用されてよろしいかと思います。
もともとこの副腎皮質ホルモンというのは、生体内でストレスに対応して出るホルモンです。たとえば人工的な大きなストレスには外科手術などありますが、人の体はそういったときにはボーンとステロイドホルモンが増えて、1週間ぐらいでスーッと減っていきます。急性増悪時に処方するときは3日から1週間ぐらいにしますが、実際の生体内でのストレスホルモンとしての動きを真似るような感じになりますし、副作用もほとんどありません。そういう使い方を怖がられる必要はありませんし、安心して飲まれてよろしいかと思います。ただ、これで味を占めて「これはとてもよく効く」とだらだらと長く続けられると大きな副作用がでますので、この辺は気をつけて使われてください。
ときにはボーンとステロイドホルモンが増えて、1週間ぐらいでスーッと減っていきます。急性増悪時に処方するときは3日から1週間ぐらいにしますが、実際の生体内でのストレスホルモンとしての動きを真似るような感じになりますし、副作用もほとんどありません。そういう使い方を怖がられる必要はありませんし、安心して飲まれてよろしいかと思います。ただ、これで味を占めて「これはとてもよく効く」とだらだらと長く続けられると大きな副作用がでますので、この辺は気をつけて使われてください。
スペーサー
吸入の仕方ですが、99年ごろから出始めた新しいタイプの吸入剤はドライパウダーといって粉を吸うタイプです。以前からのスプレータイプ(アルデシンやベコタイド)はタイミングを合わせて吸うのが難しかったので、インスパイアイースやボルマチックというスペーサー(吸入補助器)に噴霧し、それからゆっくり吸うようにいわれていました。しかし、ドライパウダーのフルタイドやパルミコートなどは、反対に勢いよく吸いなさいといわれています。
フルタイドディスカス
(フルタイドディスカス:
グラクソ・スミスクライン)
フルタイドという薬は粉ですが、乳糖という砂糖のような粉の外側にステロイドをまぶしたようになっています。そして勢いよくすうことによって乳糖の外側の成分がパラパラと剥げ落ちて気管の中に吸い込まれていく薬なので、ある程度勢いよく吸ったほうが効果があります。 
パルミコート
(パルミコート タービュヘイラー:
アストラゼネカ)
パルミコートは非常に細かい粉末です。実際に使っている患者さんの半分は「ほんとに吸えているかどうかわからない」「入ってきている感じがしません」とおっしゃいます。判らないぐらいに細かいパウダーを効率よく吸うために、吸入器の中にプロペラみたいなのが入っていて、中で渦巻き様の気流が発生するような仕組みがあって、かなり強く吸うことによって渦巻きが出来て、粉末が巻き上がってうまく吸い込まれるようになっています。パルミコートに関しては、ピラミッド型のテスター(検知器)がありますので、それで吸い方の強さを試してみると効果がより確実です。
夫々吸い方に関しては、主治医の先生に再度確認されたがいいかと思います。
先頭に戻る

3)去痰剤
痰や咳は、本来は気管支の中に異物が入った物を外に吐き出すために出るので、無理やり抑えるほうがいいとは必ずしも言えません。しかし、痰が余り増えると空気の流れが悪くなるので、やはり出してやらなければならない。それから、あまり咳をすると咳をする度に気管支が収縮して息が苦しくなるので、あまりひどいときは、鎮咳剤、あるいは去痰剤というのを使います。
今使われている去痰剤というのはムコダイン、ムコソルバン、ビソルボン、といった薬で、いずれも痰を柔らかくします。柔らかくするというのは痰の量が少し増えて、その代わり痰のネバネバ感が少し減って痰の切れをよくする、そういう薬です。しかし実際は、去痰剤の効果はそれほど高くありません。正直言って効かない場合もしばしばあります。ただ、副作用はほとんど経験しません。効果には個人差があって「この薬を飲むと痰が切れがとてもよくなったので、この薬は外せません」とおっしゃる方もあります。
痰を減らす効果としては、気管支拡張剤の交感神経刺激薬のサルタノールなどにも痰の分泌腺を少し抑える効果があり、痰が減ります。副交感神経を抑えるアトロベントやテルシガンは、副作用の中に口渇がありますので、痰の量も少し減ります。吸入ステロイドも炎症を抑えることで痰が減る場合もあります。
先頭に戻る

4)鎮咳剤
痰がたまった時には、痰を外に出すためにゴホンと咳をします。局所に刺激を感じてそれが頭まで行って、脳が咳をしたいと思って咳をゴホンとしますので、この局所での感覚を麻痺させるような薬と、咳をしたいというシグナルを頭のほうで止めるような薬との二つがあります。
気管支のほうで咳を止める薬は、気管支拡張剤や吸入ステロイドが効果がありますので、そちらの目的で一緒に使っている場合もあります。頭のほうでの咳を抑える薬としては、リン酸コデインといいまして、植物由来の麻薬の一種に強力な中枢性の鎮咳作用がありますので、よく使います。分類では、一応麻薬に入りますが、大きな副作用はなく比較的安全に使える薬です。ただ、便秘ですとか少し眠気がするとかいった副作用がありますので、便秘の薬と併用したり、飲む時間を工夫するなどの必要はあるかと思います。
先頭に戻る

5)利尿剤・強心剤
循環器の薬は、ステロイドとは違う意味で、むくみを取ります。血液を流すポンプが心臓ですが、心臓が弱ってきますと、血液の流れが滞りがちになります。そうすると、血の巡りが悪くなることで脚がむくむように、肺胞がむくんでくることがあります。そうすると、やはりガス交換が悪くなるので、むくみを取るために心臓の薬を使う場合があります。
一つは利尿剤で、むくんでいるわけですから水気を出してやるとむくみがとれます。もう一つは、心臓が弱っているから心臓の能力を高めるために強心剤を使う場合があります。ただ、心臓が悪い状態のことを心不全といいますが、現在使われている慢性の心不全の最近の概念では、交感神経が過度に緊張するとますますいけないので、交感神経の働きを遮断するような薬が心不全によいとされます。しかし、交感神経を抑制すると気管支が狭くなる可能性があるので、この心臓の薬を使う慢性呼吸不全の場合は難しいことが多く、古典的な強心剤を使うようにしていることが多いです。
あと、心臓に関していえば、もうひとつ慢性呼吸不全の時の大きな問題として、肺高血圧といわれるものがあります。これは何かといいますと、たとえば、ガス管で何か問題が起こったら、そこに流れているガスの栓を一旦止めるのと同じように、肺胞に行っている血管には、酸素量が低くなったときは、血管が収縮して血液の流れを落とすという仕組みがあります。ところが、慢性呼吸不全の方はすべての肺胞の酸素が下がったりしますので、この仕組みがそのまま働くと、全部の肺に行く血管が収縮して、肺への血液がすごく流れにくい状態になります。そうすると、肺へ血液を送っているのは右の心臓ですから、右の心臓の圧がぐっと上がっていく現象がおきます。これを肺高血圧症と呼びます。 
一旦これが起きると、非常に命に関わるような状況になってきます。肺高血圧が進んでしまうと、酸素があっても非常に苦しいとおっしゃいますし、あまりいい治療法がありません。元の原因は酸素が足りなくなることなので、ともかく低酸素にならないようにしてあげることが大事です。現実に、酸素療法が始まったときの調査で、肺高血圧のある人で酸素をまじめに吸った人と吸わなかった人とで、生存率に大きな差がありました。低酸素になりやすい方の場合は肺高血圧にならないように気をつけることが必要です。肺高血圧は超音波検査で大体わかるので、慢性呼吸不全の患者さんには、時々心臓の超音波検査を受けていただいています。
先頭に戻る

6)抗菌剤
慢性呼吸不全の患者さんのように肺に障害がある方は、ちょっと風邪をひいたりしても感染を起こしやすいので、しばしば抗生物質を処方いたします。一般的に健康な方が風邪をひいたくらいでは抗生物質は処方しません。なぜかといいますと、風邪のほとんどはウィルス感染で、普通の抗生物質は効かないからです。お薬を出す場合は、効く薬を出さなければいけないし、効かない薬はだすべきではないということがありますが、慢性呼吸不全の患者さんをみていますと、風邪をひくとすぐ細菌感染をおこして肺炎になったりされます。二次感染をおこして肺炎になったら後が大変ですので、ある程度抗生剤の対応は致し方ないかなと思っています。そういった場合にしばしば耐性菌の問題がありますが、実際には飲み薬で対応しきれないときには、入院してもらって点滴の抗生物質を使いますので、いまのところ抗生物質の飲み薬を乱用した結果、薬が効かなくなって困ったということはあまりありません。
この抗菌剤・抗ウィルス剤で最近の大きなトピックは『タミフル』という薬です。今、ウィルスに対する薬はないと言いましたが、この数年前に出てきた『タミフル』はウィルスに効く非常にインパクトのあった薬で、インフルエンザにだけ効きます。アメリカでは大分前から、インフルエンザに効く抗ウィルス薬を、肺などに問題のある方は予防的に使ったがいいのではないかと言われていましたが、日本でも今年から予防的に使ってもよろしいということになりました。ただ、現実には保険の適応になっていませんので、自費で予防用に買ってもらうということになります。
予防的に使う場合は、家族がインフルエンザになった場合など、自分はワクチンを打っているけれどもどうだろうかというときには、私だったらためらわず飲みますけれども、意見の分かれるところだと思います。厚生労働省のほうも保険適応ではないけれども認めていますし、『タミフル』には肝障害がちょっとありますけれども、インフルエンザは感染性の高い病気ですから、家の中に入ってきたら薬を飲まれたほうがいいのではないかと思います。
先頭に戻る

7)ワクチン
今、主に使われているワクチンは、インフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンの2つがありますが、インフルエンザワクチンは、高齢者の発生率をあまり下げないというデータのほうが多いのですが、死亡率は半分ぐらいに減らすというデータがあります。ですから、インフルエンザワクチンは毎年受けられることをお勧めします。何年か前までは2回打っておりましたけれども、1回打ちと2回打ちを比較した研究で、あまり差がないということが判っております。非常に特殊なケースを除いては1回打てば充分ですので、1回打っておいてあとは『タミフル』を持ってインフルエンザに対抗するのがよろしいかと思います。罹ってしまうと、二次感染を起こして、肺炎を起こしてひどいめに会いますので、何とかして手前で止めるような工夫で、冬場を乗り切ることが有効かと思われます。
もうひとつの肺炎球菌ワクチンは、効果からいうと、インフルエンザワクチンよりも全体的な効果は少ないです。なぜかというと、インフルエンザはすごく感染性が高くて冬場に大流行します。一方肺炎は、インフルエンザなどになった後に気管支が荒れると、その後、肺炎球菌による肺炎になったりします。肺炎の中の3割ぐらいが、肺炎球菌による肺炎です。ですから、肺炎の全部をカバーするわけではありませんし、もともと先に風邪などにかかってから、肺炎になっていくのですから、手前で予防することが効果があります。どちらかをするのならインフルエンザワクチンのほうをまずして、できたら肺炎球菌のほうもされたらいいと思います。肺炎球菌ワクチンは、1度打てば少なくとも6年は効果が持続しますし、2回打つと局所の副反応が強く出ることがありますので、日本では今のところ1回限りとなっております。また、ワクチンを打ったら、添付文書でも次の接種は2週間は空けるようになっておりますので、一度に両方のワクチンは接種しておりません。
先頭に戻る

8)まとめ
お薬についてですが、第一番に「効く薬を飲みなさい」、当たり前ですけれど、言い換えれば「効かない薬は止めなさい」ということですね。去痰剤のケースもそうなんですが、何となくずっと飲んでいる薬で効いていなかったら、やめてしまったら?というのも一つの意見だと思います。
基本的に「薬は症状があるときに飲みなさい。よくなったら止めなさい。」当たり前のようですが、いつまでも飲んでいる場合があります。ただこれは例外があって、慢性呼吸不全の方は病気が完全に治ってしまうわけではないので、かなり長期にわたって使ったほうがいい薬もありますので、医師と相談してください。
それから、薬は副作用が出たら止めたがいい。気管支を拡げる薬だけでも何種類もありますし、同じような効能を持つ薬でも、Aという薬には副作用がでるがBという薬では出ないという場合もありますので、基本的には副作用がでたら我慢せず、第一義的には主治医に相談して止める、そして代替の薬を選んでもらうということをお勧めします。同じ効果でも薬の種類はたくさんありまして、ひとりひとり微妙に違いますので、ここは医者任せにせずにご自分の体の状態を教えていただいて、お互いによく相談しながらいい薬を選んでいったがよろしいと思います。担当医師と相談しながら、今日の話をご自身にあった薬を選ばれる際の参考にしていただければ幸いです。
先頭に戻る

☆ 質疑応答
問1『テルシガン』という薬を吸っていますが、口にカビが生えるのは?
答1.吸入ステロイドでは、副作用で免疫力を落とすというのがありますが、これは炎症を抑える作用と裏腹で、免疫を抑える作用があります。カンジダという種類のカビが、もともと体の中に少量はあり、それが、口の中の免疫が落ちることで大量に発生することで、おっしゃるようにカビが生えるということになることがあります。『テルシガン』はそういう直接的な副作用は少ないのですが次のような理由でカビに関係することがあるかもしれません。テルシガンには唾液の分泌を抑えるという作用があり、口が少し渇くと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。唾液が少ないと口腔内の免疫力が落ちてしまいます。そういういくつかのステップを介して、口の中にカビということに関係する可能性もあります。しかし頻度は少ないので、使う前から心配することはなくて、口の中に白くカビが生えたら、その時点で主治医と相談したらいいと思います。今は、カビに対する薬も進歩していて、あまり副作用もなくいい薬もたくさんあります。基本的にその手の副作用は、副作用の中では軽いもので、止めたら元に戻る一過性のものですので、異常が起こったときにすぐに先生に相談されて、薬を変えるとか手立てをとられたらよろしいかと思います。
先頭に戻る
問2肺気腫だから痰が出るのは当たり前、酸素を吸っているから鼻水が出るのは当たり前と、主治医に言われるのですが・・
答2.痰の量というのは、急性増悪や、肺炎を起こしたときのサインになるので、とても大事な情報です。いつものレベルと比べて倍に増えたとか、いつもよりどうだとか、そういう言い方をしてください。「いつも多いんですけど・・」という言い方をすると、その量で落ち着いた状態だと思われるのかもしれません。基本的にとても大切な情報なんですが、今の薬では、痰が出なくてとてもいい状態にはなかなか持っていけないです。それから、痰には気管支を清掃する、洗い流す作用がありますので、ある程度の痰は許容してもいいかという考えもあると思います。ただ、痰が急に増えた場合や痰の色が急に変わった場合には、感染を起こしたとか悪くなったということを意味しますので、主治医に伝える時には、いつもに比べて変化があったときに、具体的にどんな風になった、とお話してください。
先頭に戻る
問3リューマチに伴った間質性肺炎で、なかなか治療の効果が上がらず、すぐ酸素飽和度がおちてしまうので、車イスを勧められていますが・・
答3.ものすごくいい治療法は、現時点では確立されていないので、基本的に、間質性肺炎は酸素療法をされている中でも難しい病気のひとつです。
車イスを勧められたといわれる理由の一つですが、肺線維症の方は肺高血圧になりやすかったりする、なぜかというと、動いたときにすごく酸素が下がりやすいんです。他の呼吸不全よりもっと下がりやすく、その状態に慣れやすいんです。下がっていても我慢できる、でもそれを押していると、肺高血圧が悪化して寿命を縮めるので、むしろ動かさないがいいのではないか、という意見で車イスという話になったのではないかと思います。
基本的には、ゆっくり歩くとか、歩く時の酸素の量を増やすということで、対応されるのがいいのかと思います。酸素が下がった状態をつくるのは、あまり好ましくないので、一時的に酸素の量を上げるのは問題ありません。歩いているときは酸素の量を上げて対応して、落ち着いたらまたもとの量に戻すように、こまめに切り替えて下さい。肺繊維症の方は普段は2リットルでも歩くときには5リットルは必要、というように、結構格差が大きい方がいっぱいおられます。ゆっくり歩くことと、酸素の量を調整することで対応する。他は、基本的にリューマチの薬でコントロールしながらやっていき、場合によっては免疫抑制剤を使いますが、そこは主治医の先生とよくご相談されてください。
車イスがほんとにいいのかということですが、特に脚の筋肉が弱ると、とても不都合が出てきますので、どちらかというと酸素の量を上げて少しでもゆっくり歩かれる、今が安静時3リットルなら動くときは5リットルぐらいに上げて、あまり酸素が下がらないような条件にしたほうがいいかなとは思います。
先頭に戻る
問4心臓が弱っているときにむくみが出るのは、低酸素が原因でしょうか?むくみが出たときは、水分は控え目がよいですか?
答4.低酸素は、基本的に心臓に悪影響を及ぼします。だから、悪循環になる原因で多いのは、風邪をひいたりして感染を起こして、どこかが腫れて空気の通りが悪くなるから酸素が下がって、酸素が下がると心臓に負担がかかるから、ますます腫れて、そうするとますます酸素が取り込めなくなるから更に心臓に負担がかかって・・と、悪循環に陥っているケースが多いと思います。
どちらが先かというと、もちろん心臓が先の方、たとえば循環器の慢性心不全でHOTの方もいらっしゃいますが、そうではなくて普通の肺気腫なんかの方でも、少し高血圧、少し心臓が弱めの方は、普段は酸素が足りていても、感染を起こして急性増悪で痰の量が増えたときに、心臓の負担がかかって悪循環に陥って、むくみが出てくることが多いです。ですから、抗生剤の治療と利尿剤とかで悪循環を断ち切ってやると、結構すっと戻っていくように思います。
むくみが出たときは、原則は水分は控えたほうがよいです。ただ微妙なところで、水分を控えると、今度は痰が固くなります。明らかにむくんだときは、水分の点滴も量を減らして、利尿剤で引いてむくみを取るような治療をしています。体を軽くしたほうが、うまく行きます。
先頭に戻る
問5低酸素はまずいと言われましたが、動かないと筋肉が衰えていくようだし、動くときつくなってきていますが・・
答5.脚は、衰えないがいいですね。うちの病院はリハビリ棟があり、呼吸リハビリというのをやっていますが、脚、下肢の筋肉をつけるということを第1の目標にしてやります。これはなぜかというと、慢性呼吸不全の方がいろんな種類のトレーニング法をして、どれが一番よかったかという研究を随分したときに、脚を鍛えるのがやはり一番効果が高いということが判りました。
動くことはすごく大事ですね。しかし低酸素になったらいけないので、基本的には酸素の量を少し上げて、それに気管支拡張剤を事前に使ったりして呼吸にゆとりを持たせた状況でパルスオキシメーターで90から下がらないようにコントロールしながら、エルゴメーターをこいだりというリハビリをしています。ご家庭でのテレビ体操なども、パルスオキシメーターをお持ちの方は90を下がらない範囲で、運動の内容や速さや回数を考慮しながら体を動かすようにしてください。
先頭に戻る
問6ステロイドを使っている方のインフルエンザ予防注射は?
答6.ステロイドを使っている方については、あまりハッキリしたデータがないのですが、基本的にはステロイドを使っていても、した方がいいといわれています。原則は1回なんですが、2回してもいいのかなと思っています。それから、インフルエンザ対策として、抗インフルエンザ薬は3種類ありますが、それぞれ副作用の可能性も『タミフル』は肝障害、吸入タイプの『リレンザ』は気管支れん縮、A型だけに効く『シンメトレル』は中枢神経系の作用とそれぞれ違いますから、主治医の先生と相談して下さい。
上川路先生には、年度替りのお忙しい時期に、内容の確認や校正、オリジナルの図の作成もしていただき、全面的にご協力をいただきました。どうもありがとうございました。
先頭に戻る
「ホットの会」のTOPページへ 「要約資料」へ 「医療講演集」目次へ